May 12, 2011

卒業旅行で韓国に行きました

私は大学の卒業旅行で友達と韓国旅行に行きました。卒業旅行、韓国では中部国際空港から出発して1時間ちょっと、ソウルに到着しました。ツアーを利用した最初の旅行、ホテル、空港往復の交通は、初日の夕食がついていたのですが、十分にあまりにも程度のサービスでした。後、最後の日の昼食まで自由時間だったので買い物をしたり、観光をしたりして楽しみました。
北海道国内旅行してきました。ツアーといっても交通機関や宿泊施設でのみ定められており、そのホテルに到着すると出発まで自由です。ホテルからレンタカーで自由に観光地を回ってきました。これらの国内旅行ツアーは、個人でチケットを購入するより安価な料金で利用することができますからレンタカーで回っても予算に含めることができます。
 「全英オープン第1日」(14日、ロイヤル・セントジョージズGC)
 3年連続3度目の出場となった石川遼(19)=パナソニック=は、3バーディー、5ボギー、1ダブルボギーの4オーバー、74で発進。アイアンショットに精度を欠き、前半を6オーバーでターンしたが、後半に持ち直した。池田勇太が2バーディー、1ボギーの1アンダー、69をマークする大健闘。藤田寛之は5オーバーの75。全米オープンに続くメジャー連覇を狙う22歳のロリー・マキロイ(英国)は1オーバーでフィニッシュ。
  ◇  ◇
 何とか踏みとどまった初日だった。肌寒い、初日。冷たい風を受けた石川の顔は少しこわばっていた。序盤、冷たい風が容赦なく石川を襲う。「前半はひどかった」。石川も認めるように厳しいラウンドになった。
 特に、2オーバーで迎えたパー3の6番でボギー、さらにパー5の7番では、2度もバンカーに入れ、ダブルボギーとし、この時点で5オーバー。「6番はピン方向に打てなかったし、7番の2つ目のバンカーも左のフェアウエーに出すだけ。痛めつけられました」。厳しい洗礼だった。9番で4つ目のボギーをたたいて前半は苦闘の6オーバー。
 石川にとっては3年連続3度目の全英。09年のターンベリーでは予選落ちしたが、昨年の“聖地”セントアンドリュースでは27位に入った。今回は大会前からサンドイッチの隣町のディールに一軒家を借り切り、キャディー、トレーナー、マネジャー、料理人ら“チーム石川”8人で生活。練習ラウンド後に加藤キャディーらと3時間もテニスに興じた日もあり、気持ちに余裕を持って開幕を迎えた。
 それだけに「初日だけで(今年の)全英を終わりにしたくなかった。ズルズルいかず、5オーバーを4日間キープできれば、上の人が落ちてきて、いい結果で終われると考えた」。ある意味での開き直りだった。インに入った最初の10番で記念すべき最初のバーディー。12番、14番でもバーディーを奪い、後半何とか意地を見せた。結局後半のインは3バーディー、1ボギーの33で、初日を4オーバーで終えた。
 「きょうはドライバーは完ぺきだったけど、とにかくアイアンがダメだった。右からのアゲンストの時に左に引っ掛けるのを怖がって開いて右へ、というショットが多かった」と振り返った石川。崩れかけたところで何とか踏みとどまった。全英開催コースの中でも有数の難所と言われるコースでもがいた石川は、第2ラウンドでの巻き返しへ、手応えをつかんだ。

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 「高校野球福島大会・1回戦、相双連合1-8喜多方」(14日、鶴沼)
 福島大会では福島第1原発事故の影響で部員が減少した双葉翔陽、相馬農、富岡の3校で結成された「相双連合」が七回コールドで初戦敗退した。七回1死まで無安打に抑え込まれたが、中村公平遊撃手(3年=富岡)の左越えソロで一矢報いた。
  ◇  ◇
 会津の夏空に白球が高く舞い上がった。風に乗り、ぐんぐん伸びる。中村の打球がフェンスを越えると、三塁側応援席から「やった〜」と大きな声援が湧き起こった。七回1死。この試合、チーム初安打がなんと本塁打。文字通り“意地の一発”だった。「これまで辛いこともありましたが、最後にいいバッティングができて良かった」。関係者から渡された自身公式戦初本塁打の記念ボールを中村は握りしめた。
 相双連合の部員は原発事故の影響でバラバラの学校に通う。5月下旬に初練習。その後は週1回のペースで練習を行ってきた。大会までの合同練習は7回、練習試合はわずか3試合。それでも遠藤剛司主将(3年=双葉翔陽)は「週1のチーム練習が楽しみだった。みんなと近況を報告しあえるので」。わずかな時間でも、ナインにはかけがえのないものだった。
 立ち見が出るほど膨れ上がった応援席には双葉翔陽の元主将・遠藤真弘君(3年)の姿があった。現主将のいとこでもある遠藤君は、震災後に都内の高校に転校。この日は特別に許可をもらって遠路、応援に駆けつけた。「みんな楽しんで野球をやっていましたね」と一緒にプレーできない寂しさとうれしさが入り交じった表情を浮かべた。
 この日、2番で先発した八巻健太三塁手(2年=相馬農)は津波で祖母を亡くした。「きっと天国で見守ってくれていると思う。相双連合で野球ができたことを感謝しています」と涙ながらに話した。
 福島初の連合チームを束ねた遠藤主将は言う。「劣勢でも暗くなることがなかったし、元気にやれた。相双連合は一つになれた。最高の夏になりました」。濃密だった1時間46分。初勝利はならなかったがその表情は晴れやかだった。

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